• 美郷町石見銀山街道
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「やなしお道」「森原古道」国史跡指定(平成30年2月13日)

美郷町石見銀山街道の内、「やなしお道」と「森原古道」が江戸時代を通じて石見銀山算出銀の運搬道であるとして、平成30年2月13日に文化庁の国史跡指定に決定されました。

マップ

美郷町と銀山街道

石見銀山遺跡の世界遺産登録。石見銀山の繁栄は周辺の地域も大きくかかわっていました。ここ美郷町には銀を輸送したり銀精錬用物資を運んだ「銀山街道」と呼ばれ、「やなしお道」を中心に、今でも昔からの言い伝えや銀山にまつわる史跡が残っています。

マップ2

石見銀山で採掘された銀は、その開発初期にあたる16世紀前半には多くが九州の博多へと運ばれました。このときの積出港が日本海側の鞆ヶ浦港です。

しかしその後は関西や京への運び出しが一層多くなり、当時の最大都市であった京都の銀座へ向かう積出港である尾道や、関西方面への積出港である岡山県の笠岡へと輸送する陸のルートが築かれました。これが今なお残る 「銀山街道」にあたります。

馬300頭と400人という大輸送隊はかつて大森から一日かけて歩き、夜の八時ごろに美郷町九日市へ到着したとされています。二日目は三次に、三日目は甲山に宿をとり、尾道まで4日間で到達していたそうです。

 

マップ3

美郷町内には上図の「小原宿」、「九日市宿」が設けられ、特に九日市宿は大森~尾道間3泊4日の道中の第一日目の宿泊所でした。  
町内の銀山街道において、小原宿より西側の道はやなしお道と呼ばれています。
その名の由来には様々な憶測があり、確かではありませんが・やな(たくさんの)塩を運んでいた道だから、という説。八名塩道→やなしお道というものが有力とされています。
このやなしお道は文化庁(現文部科学省)の認定した歴史の道百選にも選ばれています。
九日市宿周辺には鈩谷古道、森原古道などの道が続き、隣町飯南町との境目の境木へと続きます。この境木がわけているのは美郷町と飯南町ではなくかつての「石見の国」と「出雲の国」です。なんだかタイムスリップした気分。

美郷町石見銀山街道ルート

ルート

 

・外部サイト「中国自然歩道」(島根県自然環境課) No.7「石見銀山街道コース」からパンフレットがダウンロードできます。

・銀山街道各パンフレット(PDF)ダウンロード

   ・ 大森~三次 →  pdfファイル「大森~三次」をダウンロードする(PDF:19.1MB)

   ・ 三次~尾道 →  pdfファイル「三次~尾道」をダウンロードする(PDF:14.5MB)

   ・ 宇賀~笠岡 →  pdfファイル「宇賀~笠岡」をダウンロードする(PDF:16.6MB)